力強く明るくスイングするサックス ズート・シムズの生涯

ズート・シムズ(Zoot Sims 1925年~1985年)の魅力は、何といっても力強くスイングするサックス。

底抜けに明るく、力強くスイングする彼のサックスは、多くのファンに愛されています。

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ズート・シムズのエピソードはこちらに集めました。

24時間酔っ払っていたジャズメン ズート・シムズのエピソード
ズート・シムズ(Zoot Sims 1925年~1985年)は大酒飲みで有名です。ツアー中は1日にウィスキーを2本飲んでいたのだとか。その一方でガーデニングを趣味に持つ家庭的な一面も。そんな彼のエピソードを集めました。

ズート・シムズの生涯

ズート・シムズの生い立ち

カルフォルニア州イングルウッド生まれ。

両親はボードヴィル(歌、踊り、漫才などを取り入れた昔のショーの形態)の芸人でした。

子供のころにタップダンサーの父親から教え込まれたタップダンスは、大人になってからも気分が乗ればやって見せることもあったそうです。

末っ子だったズート・シムズ。

子供のころは、家に唯一あった少し曲がったクラリネットを吹いたりしていました。

またズート家は音楽一家だったので、ズートもクラリネットだけでなくドラムも演奏するようになります。

兄のレイ・シムズも、のちにトロンボーン奏者となりました。

レスター・ヤングに憧れサックスのプレイヤーへ

ズート・シムズはレスター・ヤング(Lester Young)に憧れ、サックスのプレイヤーを志すようになります。

高校を中退したのち、ケニー・ベイカー(Kenneth Laurence Baker)とボビー・シャーウッド( Bobby Sherwood)のバンドに参加、プロ活動をスタートします。

1943年にはベニー・グッドマン(Benny Goodman)がズート・シムズを見出し、バンドに採用。

1944年には、シド・キャレット(Sid Catlett)のカルテットで、退団したベン・ウェブスター(Ben Webster)の後釜を務めました。

フォー・ブラザーズ( Four Brothers)の一員に

ズート・シムズは1944年から1946年までは、軍隊で兵役につきました。

退役後は音楽シーンに戻り、アーティー・ショー (Artie Shaw)、 スタン・ケントン(Stan Kenton) 、 バディ・リッチ(Buddy Rich)などのバンドで再び演奏するようになります。

また1947年には「セカンド・ハード(Second Herd)」と呼ばれる、第2期ウッディ・ハーマン(Woody Herman)のバンドにも参加。

この時期のウッディ・ハーマン(Woody Herman)のバンドはサックスセクションに、ズート・シムズ、サージ・チャロフ(Serge Chaloff)、ハービー・スチュワード( Herbie Steward )、スタン・ゲッツ (Stan Getz)を抱えていて、彼らをフィーチャーした「フォー・ブラザース (Four Brothers)」は大ヒットとなります。

「フォー・ブラザース (Four Brothers)」のヒットにより、ウッディ・ハーマンのバンドのサックスセクションは「フォー・ブラザース (Four Brothers)」と呼ばれるようになりました。

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「フォー・ブラザース (Four Brothers)」はたびたびメンバーは交代し、アル・コーン(Al Cohn)が在籍していたこともあります。

 

「フォー・ブラザース (Four Brothers)」はこんな曲です。

聴けばサックス4本全員に、かなりのテクニックが要求されるのがわかります。

ちなみに、ズート・シムズと同じ時期にウッディ・ハーマン(Woody Herman)に在籍していたスタン・ゲッツ (Stan Getz)は、1948年のウッディ・ハーマン(Woody Herman)の大ヒット曲「アーリー・オータム(Early Autumn)」でのソロが認められ、大スターの仲間入りとなります。

 

ズート・シムズは、自身のコンボも率い、また友人でもあるバリトンサックス奏者のジェリー・マリガン(Gerry Mulligan)のセクステットとツアーもしました。

ジェリー・マリガンとは、その後も何度か共演しています。

アル・コーンとの長きにわたる数々の共演

1956年より、ズート・シムズは、同時期に「フォー・ブラザース (Four Brothers)」に在籍していたアル・コーン(Al Cohn)と、共同でクインテットを率いるようになります。

アル・コーンとの共演は、ズート・シムズが亡くなるまで散発的に続きました。

テナーサックスの高音域が好きだったズート・シムズは時にアルトサックスも演奏し、キャリアの後半ではソプラノサックスも吹くようになりました。

ズート・シムズの晩年

1985年、ズート・シムズは、ニューヨークで亡くなりました。

ツアー中は1日にウィスキーを2本飲んでいたとも言われ、ステージでも演奏前、休憩中、演奏後と飲み続けていた酒豪でも有名だったズート・シムズ。

肝臓がんでした。

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ニューヨーク州ナイアックのオークヒル墓地(Oak Hill Cemetery)に埋葬されています。

 

力強いスイングという点では、デクスター・ゴードン(Dexter Gordon)も力強くスイングすると思うのですが、デクスター・ゴードン(Dexter Gordon)のサックスはちょっと陰のある感じがします。

対してズート・シムズは、力強くスイングするんですが、底抜けに明るい感じがします。

特に日本には、ズート・シムズのファンが多くて、世界に先駆けてズート・シムズのファンクラブができたそうです。

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ズート・シムズのエピソードはこちらに集めました。

24時間酔っ払っていたジャズメン ズート・シムズのエピソード
ズート・シムズ(Zoot Sims 1925年~1985年)は大酒飲みで有名です。ツアー中は1日にウィスキーを2本飲んでいたのだとか。その一方でガーデニングを趣味に持つ家庭的な一面も。そんな彼のエピソードを集めました。

ズート・シムズの名盤についてはこちら。

名盤  https://jazz.fifkoblog.com/zoot-sims3/