麻薬と酒とボサノヴァとジャズ スタン・ゲッツの生涯(前編)

テナーサックプレーヤー、スタン・ゲッツ(Stan Getz 1927年~1991年)のサックスは、クール・ジャズの代表格。

スタン・ゲッツのテナーは、ぶりぶりと熱く吹きまくる男くさいタイプのサックスというよりもは、ソフトな音色でクールに演奏される、洗練された印象で、ほとばしるような情熱や激情というよりも、冷静さの裏の隠された熱い思いが伝わってくるような感じ。

そんなスタン・ゲッツの生涯(前編)です。

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スタン・ゲッツの吹くサックスは、ほとばしるような情熱や激情というよりも、冷静さの裏の隠された熱い思いが伝わってくるような感じ。

私のお気に入りのひとつがこちら。

スーッと耳に自然に入ってくる、良質なジャズといった感じ。

こちらはスタン・ゲッツの代表曲「懐かしのストックホルム(Dear Old Stockholm)」という曲。

邦題がちょっとあか抜けない感じですが、マイルス・デイヴィス(Miles Davis)、パド・パウエル(Bud Powell)など、いろんな人に演奏されています。

もとは北欧の古くから伝わる民謡で、それをスタン・ゲッツが気に入ってジャズ風に演奏しました。

スタン・ゲッツの生涯(前編)

スタン・ゲッツの生い立ち

1927年フィラデルフィアのハーレムで、ユダヤ系ウクライナ人移民の家庭に生まれましたが、1930年代の世界恐慌のときに、一家はよりよい仕事を求めてニューヨークへと引っ越します。

ニューヨークへ引っ越してからも、父親はたびたび失業状態に。

スタン・ゲッツの母親はスタンが教授が医師になることを望んでおり、スタン・ゲッツは学校でトップクラスの良い成績を収める、優秀な生徒でした。

スタン・ゲッツは、はじめはコントラバスを弾いていましたが、13歳の時にアルトサックスを買ってもらってからはすっかりサックスに夢中になり、1日数時間練習するようになります。

でもスタン・ゲッツはテナーサックスに魅了されていたので、のちに自分でお金をためてテナーサックスを購入しました。

ブロンクスの高校に通っていたころには、高校生のオーケストラに所属。

スタン・ゲッツは音楽活動に専念するために高校を中退。

16歳のころには、1940年代において最高のジャズトロンボーン奏者であり、最高のヴォーカリストとも評されていた ャック ティーガーデン(Jack Teagarden)のバンドに参加。

ナット・キング・コール(Nat King Cole)やライオネル・ハンプトン(Lionel Hampton)とも共演します。

ベニー・グッドマン(Benny Goodman)の楽団に在籍していたこともあります。

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スタン・ゲッツ、表舞台へ

1940年代後半のウディ・ハーマン・オーケストラ(The Woody Herman Orchestra )における「アーリー・オータム(Early Autumn)」や、1952年に大ヒットしたジョニー・スミス( Johnny Smith)の「バーモントの月( Moonlight in Vermont)」などでのスタン・ゲッツの演奏が評判となり、スタン・ゲッツは注目されるようになります。

スタン・ゲッツ、ヨーロッパへ

スタン・ゲッツは10代のころから、アルコールとドラッグに依存した生活を送っていました。

1954年にはモルヒネを奪うために薬局に強盗に入り、強盗未遂で逮捕されます。

そしてヘロイン使用の罪で半年間服役。

出所後はヨーロッパを旅行し、スウェーデンに移住。

(再婚した妻と、法的な問題から逃れるためにデンマークのコペンハーゲンに移り住んだという説もあります)

一時期ジャズから離れたこともありますが、この北欧に滞在中に、スタン・ゲッツが現地のミュージシャンと録音した「懐かしのストックホルム(Dear Old Stockholm)」は、今でもクールジャズの代表曲の1つとなっています。

「懐かしのストックホルム(Dear Old Stockholm)」はマイルス・デイヴィス(Miles Davis)のバージョンも有名。

「懐かしのストックホルム(Dear Old Stockholm)」は、マイルス・デイヴィス(Miles Davis)、ポール・チェンバース(Paul Chambers)バド・パウエル(Bud Powell)ケニー・バロン(Kenny Barron)などいろんな人が演奏していますが、もとは北欧の古い伝承音楽「ヴェルムランドの歌(Varmlandsvisan)」という曲。

スタン・ゲッツがこの曲を気に入って、自分のレパートリーにしました。

原曲の「ヴェルムランドの歌(Varmlandsvisan)」

(後編)に続きます。

麻薬と酒とボサノヴァとジャズ スタン・ゲッツの生涯(後編)
スタン・ゲッツ(Stan Getz 1927年~1991年)の生涯(後編)です。ヨーロッパから帰国して、ボサノヴァをジャズに取り入れたアルバムの制作から、晩年までです。

スタン・ゲッツは麻薬やアルコールなどに依存していたわりには活動期間が比較的長かったジャズメンです。

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スタン・ゲッツのエピソードについてはこちらに書きました。

あの名盤では共演者と険悪に 気難し屋スタン・ゲッツのエピソード
スタン・ゲッツ(Stan Getz 1927年~1991年)の数々のエピソード。名盤「ゲッツ/ジルベルト」(Getz/Gilberto)」のレコーディングではスタン・ゲッツとジョアン・ジルベルト(João Gilberto)は険悪に。他にもエピソードにことかきません。

スタン・ゲッツの名盤&おすすめアルバムはこちら。

(前編)

ソフトな音色のクールジャズ スタン・ゲッツの名盤(前編)
スタン・ゲッツ(Stan Getz 1927年~1991年)の名盤(前編)です。特に有名と思われる3枚のアルバムとをご紹介しています。

(後編)

ソフトな音色のクールジャズ スタン・ゲッツの名盤(後編)
スタン・ゲッツ(Stan Getz 1927年~1991年)の名盤の後編です。ボストンのジャズクラブ、ストーリーヴィルでのライブ盤や、ディジー・ガレスピーや、J.J.ジョンソンとの共作など。

(番外編)

ソフトな音色のクールジャズ スタン・ゲッツの名盤(番外編)
スタン・ゲッツ(Stan Getz 1927年~1991年)の名盤、番外編です。ジェリー・マリガンとのアルバムでは、バリトンサックスを吹くスタン・ゲッツを聴けます。他にもチェット・ベイカーや、若き日のチックコリアと一緒に演奏したものや、フュージョンに挑戦したものなど。

スタン・ゲッツがサイドマンとして参加した、他人名義のアルバム はこちら。

(前編)

スタン・ゲッツがサイドマンで参加したアルバム(前編)
スタン・ゲッツ(Stan Getz 1927年~1991年)がサイドマンとして参加している、他人名義のアルバムのご紹介の、前編です。 スタン・ゲッツが世に出るきっかけとなった1940年代に出されたアルバムなどをご紹介しています。

(後編)

スタン・ゲッツがサイドマンで参加したアルバム(後編)
スタン・ゲッツ(Stan Getz 1927年~1991年)がサイドマンとして参加している、他人名義のアルバムのご紹介の、後編です。 ボブ・ブルックマイヤー、アビー・リンカーン、ハーブ・エリス名義のアルバムに参加しています。

(番外編)

スタン・ゲッツがサイドマンで参加したアルバム(番外編)
スタン・ゲッツ(Stan Getz 1927年~1991年)がサイドマンとして参加した、他人名義のアルバム(番外編)です。エラフィッツジェラルドやダイアン・シューアの名盤、そしてロックバンドやポップスのシンガーの数々のアルバムにも参加しています。