アート・ブレイキー(Art Blakey、1919~1990年)とジャズ・メッセンジャーズ( Jazz Messengers)の名盤のご紹介、後編です。
(前編)はこちら。
アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの名盤(後編)
クラブ・サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ(ART BLAKEY ET LES JAZZ MESSENGERS AU CLUB ST. GERMAIN) 1958年
今では、超有名曲となった「モーニン(Moanin’)」をレコーディングした直後、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズはヨーロッパツアーをおこないます。
アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズはヨーロッパでもジャズのブームを巻き起こし、特にフランスでは熱烈的に歓迎されました。
そしてパリのサンジェルマンで録音された、このライブ・アルバム「クラブ・サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ(ART BLAKEY ET LES JAZZ MESSENGERS AU CLUB ST. GERMAIN) 」で、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズは、一躍世界中で有名となりました。
トランペットはリー・モーガン(Lee Morgan)、テナーサックスはベニー・ゴルソン(Benny Golson)、ピアノはボビー・ティモンズ(Bobby Timmons)、ベースはジミー・メリット(Jymie Merritt)
モザイク(Mosaic) 1960年
テナーサックスのウェイン・ショーター、トロンボーンのカーティス・フラー、トランペットのフレディ・ハバードと3管での編成。
メンバーはトランペットのフレディ・ハバード(Freddie Hubbard)、テナーサックスのウェイン・ショーター(Wayne Shorter)、トロン・ボーンのカーティス・フラー(Curtis Fuller)、
ピアノのシダー・ウォルトン(Cedar Walton)、ベースのジミー・メリット(Jymie Merritt)、そしてアート・ブレイキー
ウェイン・ショーターが参加したことにより、ファンキーな路線だったジャズ・メッセンジャーズはモードな感じに変化していきます。
そして、トランペット、テナーサックス、トロンボーンの3管で、当時マイルス・デイヴィスが演奏し始めたばかりのモードを演奏したことで、革新的と評価されました。
ブハイナズ・デライト(BUHAINA’S DELIGHT)1961年
ウェイン・ショーター(Wayne Shorter)が乗りに乗ってると、巷で噂されている名盤。
ちなみにアート・ブレイキーは、この写真のとおりヘビースモーカーだったそうです。
映画「ティファニーで朝食を」でオードリー・ヘップバーンが歌った「ムーン・リバー(Moon River)」なんていう曲も演奏してます。
メンバーはトランペットのフレディ・ハバード(Freddie Hubbard)、トロンボーンのカーティス・フラー(Curtis Fuller)、テナーサックスのウェイン・ショーター(Wayne Shorter)、ピアノのシダー・ウォルトン(Cedar Walton)、ベースのジミー・メリット(Jymie Merritt)、そしてアート・ブレイキー
その他、1970年代のフュージョンブームにおされて一時人気が低迷していた時期に、当時18歳のトランぺッターのウィントン・マルサリス(Wynton Marsalis)が加入し、再びジャズ・メッセンジャーズも再び復活するきっかけとなったアルバム「アルバム・オブ・ジ・イヤー(Album Of The Year)1978年」もおすすめです。
ジャズ・メッセンジャーズのアルバムをあげているときりがないので、このへんで。
ジャズ・メッセンジャーズはメンバーチェンジを繰り返しているので、メンバーを見ながら、お気に入りの1枚を探す楽しみもあります。
アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの名盤(前編)のご紹介はこちら。
アート・ブレイキーがサイドマンで参加したアルバムのご紹介はこちら。
アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの名曲のご紹介はこちら。
アート・ブレイキーの練習方法とドラムのスタイルについてはこちら。
アート・ブレイキーの生涯についてはこちらに書きました。
前編(幼少時からイスラム教に改宗、セロニアス・モンクと共演するまで)
後編(ジャズメッセンジャーズを結成してから晩年まで)
アート・ブレイキーのエピソードはこちら。