理屈抜きで楽しいジャズ ディジー・ガレスピーのエピソード

風船のようにほほをふくらませ、上向きに曲がったトランペットを吹くディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie1917年~ 1993年)のエピソードです。

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ディジー・ガレスピーがチャーリー・パーカー(Charlie Parker)とバンドを組むいきさつなどは、こちらに書きました。

気分が上がるキューバップJAZZ  ディジー・ガレスピーの生涯
ディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie1917年~ 1993年)のバイオグラフィー(経歴)です。風船のようにほほをふくらませ、上向きに曲がったトランペットを吹く彼は、チャーリー・パーカーと並ぶバップの創始者。その後はアフロ・キューバンを取り入れたラテンジャズでまた世を沸かせました。
サービス精神旺盛なディジー・ガレスピー

同じバンドにいたチャーリー・パーカー(Charlie Parker)

「あそこまでしなくても」

と戸惑うくらい、ディジー・ガレスピーはサービス精神が旺盛でした。

悪ふざけや、いたずら、おちゃらけが大好き。

時にはステージ上でコントまでしていました。

チャーリー・パーカー(Charlie Parker)と別れて、自分で楽団を持つようになっても、ディジー・ガレスピーはじっとしていません。

楽団を指揮しながら、飛んだり、跳ねたり、踊ったり。

彼のニックネーム「ディジー(Dizzy)」は「くらくらする」という意味があり、彼のおふざけ好きな性格からきているとも言われています。

(彼のビバップの演奏が「くらくらする」からという説もあります。)

また、ディジー・ガレスピーはファッショニスタでもありました。

彼が愛用した眼鏡や、帽子は「バップ眼鏡」「バップ帽子」と呼ばれました。

麻薬、アルコールにおぼれるジャズメンの中で節制生活

1930年代に始まったブラック・ムスリム・ムーヴメントと呼ばれる社会運動は、1950年代に公民権運動と連動して急速に拡大し、アフリカ系アメリカ人のジャズメンたちの中にもイスラム教へと改宗する人たちが多くいました。

ディジー・ガレスピーもその一人。

敬虔なバハーイー教徒(イランで19世紀に誕生した新興宗教)でした。

バハーイー教では戒律で、アルコールと麻薬は禁止されています。

そのためディジー・ガレスピーは、麻薬やアルコールの常習に悩まされるジャズメン多い中、そいういった破滅的な生活とは無縁でいられました。

戒律を守り節制した生活を送るディジー・ガレスピーと、麻薬やアルコールにおぼれ破滅的な生活を送り、仕事をすっぽかしたり遅刻してくるチャーリー・パーカー(Charlie Parker)

2人は一緒に組んで、ビバップを作り上げた同士でもありましたが、音楽を離れれば全く正反。

ディジー・ガレスピーはチャーリー・パーカーの才能を認めながらも、その仕事ぶりから彼をバンドから解雇します。

2人は袂をわかつこととなりました。

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上向きに曲がったトランペット

ディジー・ガレスピーといえば、上向きに曲がったトランペットがトレードマークですが、最初から使っていたわけではありません。

「ジャズ・アネクドーツ」ビル・クロウ(Bill Crow) が聞いたとして書かれている話はこうです。

 

ある日、ディジーガレスピーの妻でロレインの誕生日のパーティーが開かれ、ダンサーをしていたロレインの関係者や、サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)などが参加していました。

パーティーの最中、ディジー・ガレスピーがちょっと席をはずしている間に、芸を披露していたコメディアンが相方に突き飛ばされたはずみでステージから落ち、椅子に置かれていたトランペットの上に倒れこんで、ディジー・ガレスピーのトランペットが曲がってしまいました。

戻ってきたディジー・ガレスピーは驚きますが、妻の誕生日パーティーなので仕方なく曲がってしまった変な音しか出ないそのトランペットで演奏します。

でも耳に近い分、早く音が聞こえることと、普通のトランペットのぎらついた音ではなくソフトな音だったことが気に入ったディジー・ガレスピーは、妻に上向き45度に曲がったトランペットの絵をかいてもらい、楽器会社のマーチンに見せて同じものを作るように依頼しました。

そしてディジー・ガレスピーは、この上向きに曲がったトランペットの特許を取ろうとしますが、すでに100年前に特許の申請がおこなわれていたため、断念しました。

ビル・クロウ(Bill Crow)が書いた「ジャズ・アネクドーツ」についてはこちらに書きました。

ジャズメンたちのエピソードが満載「ジャズ・アネクドーツ」
ジャズのベーシスト、ビル・クロウが書いた「ジャズ・アネクドーツ」。リアルなジャズメンたちのエピソードが満載。ジャズファンにはたまらない一冊です。村上春樹さんの訳も、ジャズを感じさせる文章となっています。ジャズをより理解するためにもおすすめの本です。
ディジー・ガレスピーは大統領選挙に出馬したことも

1982年、ディジー・ガレスピーの生誕65年のお祝いで、そうそうたるメンバーたちが集まり、オールスター・ドリーム・バンド「ディジーズ・ドリーム・バンド(Dizzy’s Dream Band)」を結成し、リンカーン・センターで演奏を繰り広げました。

その時のディジー・ガレスピーのスピーチでは「大統領選に3回出馬した」とのことです。

日本版ウィキペディアでは「1964年に独立系候補として出馬」とありますし、ビル・クロウ(Bill Crow) の著書「さよならバードランド」では「1962年にディジー・ガレスピーが、ジョンソンとゴールドウォーターを相手にまわして奮戦した」とあります。

この時に作られた「ディジー・ガレスピーを大統領に(Dizzy Gillespie for President)」というバッジがあるそうです。

ビル・クロウはディジー・ガレスピーを支持していたため、このバッジを持っていました。

ビル・クロウはホワイトハウスに招かれて演奏したとき、あろうことかこのバッジをつけてケネディ大統領と握手したそうです。

 

ビル・クロウ(Bill Crow) の著書「さよならバードランド」についてはこちらに書きました。

ジャズメンの成長とジャズの衰退を読む「さよならハードランド」
「さよならバードランド」。ジャズのベーシスト、ビルクロウが、自己がジャズメンになるまでにどんな勉強をして、どんな風に仕事を得ていったかを中心に、出会ったジャズメンたちのエピソードと、老舗ジャズクラブ「バードランド」の衰退も描かれます。
ディジー・ガレスピーのほっぺたは特異体質

ディジー・ガレスピーはトランペットを吹くとき、まるでカエルのように両方のほほを風船のようにふくらませます。

これは訓練のたまものではなく、ディジー・ガレスピーの特異体質からきたもの。

ディジー・ガレスピーにちなんで「ガレスピーズ・パウチズ(Gillespie’s Pouches)」と病名がつけられました。

ディジー・ガレスピーは、自分のほほの医学的研究にも協力し、検査なども受けています。

彼のトランペットは、クリアで美しいハイトーン(高音)が特徴。

人よりふくらむほほから、通常より多い空気を、通常より圧をかけて瞬時にトランペットに送り込めるからこそ、あの音が出せたのかもしれません。

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ディジー・ガレスピーのジャズは、底抜けに明るい感じがします。

元気を出したいとき、気分を上げたいときにおすすめです!

 

チャーリー・パーカー(Charlie Parker)とバンドを組むいきさつなどの経歴は、前編をお読みください。

気分が上がるキューバップJAZZ  ディジー・ガレスピーの生涯
ディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie1917年~ 1993年)のバイオグラフィー(経歴)です。風船のようにほほをふくらませ、上向きに曲がったトランペットを吹く彼は、チャーリー・パーカーと並ぶバップの創始者。その後はアフロ・キューバンを取り入れたラテンジャズでまた世を沸かせました。