ジャズメンに愛されたベース ポール・チェンバースに捧げられた曲

アルコ(弓弾き)の名手としても知られ、その卓越したテクニックからサイドマンとしてお呼びがかかることも多かったポール・チェンバース(Paul Chambers 1935~1969年)

若くして亡くなった彼がプロとして活動していたのは14年ほどでしたが、その短期間に400枚ものアルバムのレコーディングに参加したと言われています。

それだけレコーディングの数が多いのは、ジャズメンから愛されていた証でもあると思います。

またそれは、いろんなミュージシャンがポール・チェンバースに捧げる曲を作ったことでもうかがい知れます。

どれだけポール・チェンバースが愛されていたか。

ポール・チェンバースに捧げられた曲を集めてみました。

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ポール・チェンバースに捧げられた曲

ポール・チェンバースと一緒に仕事をしたミュージシャンたちが、ポール・チェンバースに捧げた曲たちです。

P.C.ブルース(The P.C.Blues)

1955年~1958年ごろ、マイルス・デイヴィス(Miles Davis)のバンドにいた、ピアノのレッド・ガーランド(Red Garland)、ドラムのフィリー・ジョー・ジョーンズ(Philly Joe Jones)、そしてポール・チェンバースはの3人は「ザ・リズムセクション」と呼ばれ、注目される存在でした。

そのマイルスのバンドでの同僚的存在だったレッド・ガーランドがポール・チェンバースに捧げたのが、「P.C.ブルース(The P.C.Blues)」

ミスターP.C.(Mr.P.C)

ジョン・コルトレーン(John Coltrane)もポール・チェンバースと共演が多かったミュージシャンの1人。

そのジョン・コルトレーンが書いた「ミスターP.C(Mr.P.C)」は現在でもよく聴く、ポピュラーな曲となっています。

ビッグ・ポール(Big Paul)

1963年にリリース(録音は1958年)されたアルバム「ケニーバレル&ジョンコルトレーン(Kenny Burrell & John Coltrane)」に収録された曲。

このアルバムにピアノとして参加していたトミー・フラナガン(Tommy Flanagan)が作曲しました。

ちなみにこの曲でベースを弾いているのはポール・チェンバース。

ポールズ・パル(Paul’s Pal)

1956年にリリースされた、ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)のアルバム「テナー・マッドネス(Tenor Madness)」

今でも名盤とされ愛されているアルバムですが、ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)ジョン・コルトレーン(John Coltrane)が公式のレコーディングで共演した、唯一のアルバムということでも有名。

(コルトレーンの参加はタイトル曲の「テナー・マッドネス(Tenor Madness)」のみ)

この「テナー・マッドネス(Tenor Madness)」には、ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)がポール・チェンバースに捧げた「ポールズ・パル(Paul’s Pal)」が収録されています。

ファイヴ・フォー・ポール(Five For Paul)

マックス・ローチ(Max Roach)が1978年に、日本で制作したアルバム「ソロ!(Solos!)」。

マックス・ローチが影響を受けたドラマー、シドニー・カレットに捧げた「ビッグ・シド(BIG SID)」をはじめ、全曲がドラムソロという異色のアルバムです。

このアルバムにおさめられた「ファイヴ・フォー・ポール(Five For Paul)」は、デイヴ・ブルーベック(Dave Brubeck)が作曲した5拍子のジャズ「テイク・ファイヴ(Take Five)」へのオマージュであるとともに、ポール・チェンバースに捧げられた曲だといわれています。

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リポップ(Repop (For Paul Chambers))

スーパーベイシストのマーカス・ミラー(Marcus Miller)が2012年にリリースしたアルバム「ルネサンス(Renaissance)」に収録された曲「リポップ(Repop (For Paul Chambers))」も、その題名どおりポール・チェンバースに捧げられた曲。

トリビュート・トゥ・ウィントン・ケリー・アンド・ポール・チェンバース(TRIBUTE TO WYNTON KELLY AND PAUL CHAMBERS)1997年

ピアノのウイントン・ケリー(Wynton Kelly)とドラムのジミー・コブ(Jimmy Cobb)、ベースのポール・チェンバース。

この3人のチームワークは評判がよく、3人はよく一緒にレコーディングした仲です。

ジミー・コブは盟友のウイントン・ケリー(Wynton Kelly)とポール・チェンバースのトリビュートアルバムを制作しています。

 

大酒飲みで、マイルスのバンドにいた時には、ツアー先でギャラのほとんどを飲んでしまい、仕方なくマイルスが雇い主にギャラを上げる交渉をしたといわれているポール・チェンバース。

それなのに、みんなに愛されていたんだなあとしみじみと感動しています。

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ポール・チェンバースの生い立ちや生涯につていは、こちらに書きました。

アルコ(弓弾き)の名手で大酒飲みなポール・チェンバースの生涯
クラシック音楽のアルコ(弓弾き)をジャズに定着させた、ベーシストのポール・チェンバース(Paul Chambers 1935年~1969年)。大酒飲みでジャンキーだったにも関わらず、練習の虫。そんな彼のバイオグラフィーと名曲のご紹介です。

ポール・チェンバースのエピソードについてはこちら。

偉大な酔っ払いジャズベーシスト ポール・チェンバースのエピソード
ポール・チェンバース(Paul Chambers 1935~1969年)は若くして亡くなったのでリーダー作は6枚ですがサイドマンで参加したアルバムは400枚以上!アルコール依存とヘロインの悪癖も持ちながら練習の虫という一面も。そんな彼のエピソードを集めました。

ポール・チェンバースのリーダー作の名盤はこちら。

ベーシスト ポール・チェンバース(リーダー作)ジャズ名盤アルバム
ポール・チェンバース(Paul Chambers 1935~1969年)は400枚ものアルバムのレコーディングに参加したと言われていますが、短い生涯だったためリーダー作は6枚のみ。その6枚のリーダー作の中から名盤をご紹介します。